murakami thinks whether one is bilingual or not has nothing to do with the ability of translation

帰国子女を羨ましく思うことは? - 村上さんのところ/村上春樹 期間限定公式サイト

村上さん、こんにちは。赤い本や青い本を読んで、村上さんと交流できるなんていいなぁ、私も参加したいなぁとずっと思っていました。今回このサイトが開設されてとても嬉しいです。

村上さんの翻訳著書もかなりの数を拝読しております。私は英語の実務翻訳者なのですが、分からない単語や表現があってウンウン唸ってしまうとき(辞書でもネットでも解決できない場合)、帰国子女に生まれればよかったのになぁと帰国子女を羨ましく思うことがあります。仕事を別にしても、英語という言語が好きなのでなおさらそう思ってしまいます。米国に留学・在住経験もありますが、完璧なバイリンガルには程遠いと感じます。

日本で生まれ育った村上さんは、翻訳をなさるときそのように(帰国子女だったらなぁ)と思われることはありますか? それとも逆に、英語に接するうえで完全なバイリンガルでないことの利点はあると思いますか? 

村上さんからのご回答を胸に、今後も前向きに仕事をしていきたいのでどうぞよろしくお願いします。
(かりんと、女性、42歳、翻訳者)

バイリンガルと翻訳の能力とはほとんど関係ないというのが僕の意見です。文章の読解力と会話能力とはまるで別のものです。帰国子女みたいな人は僕のまわりにもけっこういますが、翻訳の役にはあまり立ちません。どうしてもわからないところがあると、英語ネイティブの人に訊くことはありますが、ネイティブだって言うことがまちまちで、そんなに役に立たないことが多いです。自分の能力を信じましょう。愚痴を言ったり、他人をうらやんだりする暇があったら、少しでも自分を磨くことです。ほんとに。がんばってくださいね。

 

・僕はどんどんスタイルや手法を変えていますし(いつも同じだと批判されることもありますが)、スタイルを変えることを一種の原動力として前に進んできたと、自分では考えています。「より深く、より広く」というのが僕の基本的な方針です。これからもどんどん変わっていくと思います。でも作品のスタイルの変化と、日常生活の質とは、あまり関連していないようです。

 

・過去の選択に後悔したことはあるか? 重要なことでは一度もないと思います。だいたいはずさずに生きてきました。

人生において大事なことの多くは、継続の中から生まれてくるというのが、僕なりのソフトな哲学のようなものです。そこに長く一貫したものがあれば、そんなに大きく人生をはずすことはないだろうと思います。あなたも何か、あなたの人生にとっての長く一貫したものを見つけられるといいかもしれません。

 

・でも僕の小説を好んでくれる音楽関係者はけっこうたくさんいるみたいです。それは僕の小説文体が基本的には音楽的だからじゃないかと思っています。小説の文体って、音楽系と絵画系にわかれるというのが僕の説です。絵画系の人の文章ってとても美しいんだけど、ときどき細部にこだわりすぎて、流れがふと止まってしまうことがあります。音楽系の人の文章は流れがいいのが特徴です。そのかわり細部が少し強引になることもあります。その二つの長所がうまくかみ合うといちばんいいわけで、僕も「そうなるといいな」と思っています。

・村上さんは小説を書くときある程度結末まで考えて書き始めるのか、書きながら結末を考えていくのか、どのように話を考えられているのでしょうか? 
(ワンダーランド、男性、33歳、会社員)

書きながら考えます。最初から結論を決めちゃうと、書くのがつまらないです。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は最後の結論がどうしても定まらなくて、いくつかのヴァージョンを書きました。そして結局今あるものに落ち着きました。ほかのヴァージョンもなかなか素敵だったんですが。でもそういうのはあくまで例外です。いつもだいたい結論は、書いているうちに自然にすっと出てきます。その「すっと」という感じがいいんです。